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とある女性とカップ。そしてジョアンの調べ。





ある晴れた秋の木曜日のことだった。その週は展示会もなにもなくて、常設のいつも通りの営業だった。11時にオープンをして数時間、大してお客さんも来ず、気が付けば2時を過ぎていたと思う。


まるで焚火の薪を絶やすことのないように、いつも店内の音楽はできるだけ途切れないようにしているのだが、ふと気が付けば、音楽が鳴り止んでいた。カウンターでぼんやりと考え事でもしていたのだろう。その足音にも気が付かなかった。うちの店は古いビルの3Fにあるのだが、ごくたまにその階段をあがる足音さえ聞こえないときがある。いや、というか、正確に言うと、足音のないひと、というのがこの世にはきちんと存在するのだ。そのことを僕はこの店を始めてから初めて知った。


そんな足音のないひとりの女性が、気が付くと知らないうちに静かに店内に入ってきて、ひとりで静かに器を見ていた。


僕は少しきまりが悪くなって小さく会釈をし、さて、この無音から果たしてどんな音楽をかければいいか、と一瞬悩んでいた。そうしながらもその女性をちらっと横目に見ると、なんとなく30後半、もしかしたら40を過ぎているくらい。赤、というにはうっすらと静かに薄く、ピンク、というにはもうちょっと濃く血の通った、とにかく僕の眼には見たことのない雰囲気のワンピースを着ていた。赤といえば赤なのだけど、そこには決して派手さがない。そしてなによりその服は彼女にすごく似合っていた。


さらにぼんやりと僕はとある映画を想い出していた。『オール・アバウト・マイ・マザー』。スペインのペドロ・アルモドバルが監督をした、いつかの映画だ。まったく違うタイプなのだけど、たしかその映画でも主人公の女性が綺麗な赤(なんせスペインなので激しい赤)を着ていた記憶がある。もしかしたらいまここでかけるべきはあの映画のサントラのような気もしたが、残念ながら僕はそのディスクを持ってはいない。



「・・・このカップはどなたがつくったものですか?」



店内の無音を消したのは彼女だった。まるで雛を持つようなふくよかで柔らかな手つきで、とあるカップを手に包み込んでいる。






「天草の金澤宏紀くんです。彼はまだ30前半なのですが、とても鋭い感覚を持っていて、素晴らしい作品を創ります。丸尾焼という歴史ある窯元の息子さんで、僕は勝手に❝天草のプリンス❞と呼んでます。」



最後の部分で彼女はちょっとだけ微笑んだようだった。少し気分をよくして僕は続ける。

「彼の作品の良いところ、というか、僕が好きなところは、必ずしも使わなくてもいいところです。飾って眺めて、愛でるだけでもいい。でもそれだけじゃなくって、さらに使ってみると、その素晴らしさが分かるんです。持ちやすい楕円のカーヴ具合だとか唇があたる縁のシャープさとか。静物としての美しさと現物としての確かさと。そんな器はそうそう無いと僕はいつも思うんですけどね。」






「・・・ジョアンみたい。」彼女はひとりごとのようにそう呟いた。いや、そう聞こえただけだろうか。僕は自信が持てなくて黙っていた。すると彼女は続けて僕に言った。



「ジョアン・ジルベルト。ボサノヴァの。あなたのお話をいま聞いていて、なぜか彼の音楽のことを思い出した。静かだけど確かな感じ、というのかな。」



僕はにっこりと彼女に微笑んで、そのまままっすぐバックヤードにある音楽棚に行き、1枚のディスクを取り出してかけた。・・・たしかにそういわれればそうかもしれない。静かだけど、確かな感じ。「たしかにそういわれ・・・」と僕がそう言いかけたとき。

彼女は唇にそっと一本の指を持ってきて、少しおどけながら僕の言葉をさえぎった。そして僕らはしばらく黙ってそんな仕草の素敵なジャケットを眺めながら、ふたりでその音楽を聴いていたのだった。









         ★


「天プリ」こと金澤宏紀氏による陶器のカップ。お茶や珈琲、焼酎ロック、いやはや日本酒のおおぶりどぼんカップにまで。ちいさな杯で日本酒をちびちびやるのもいいが、これぐらいデカめのカップでぐいぐいやるのが、あたしゃいいと思うのよね。もちろんワインだっていいさ。いやそんな個人的私情は置いておいて、あ、スウプも良い。大きめなサイズの方は特に。サイズの違いを大まかにいうと、小さい方がか細い女性の手のひらにすっぽり、大きい方はまあ普通の成人男性の手のひらにすっぽりくらい。とにかく両の手で覆いたくなるような、それはまるで初めて触れた乳房のような、その柔らかいボディのカーヴと、繊細でナイーヴなきわっきわの縁ラインがキモです。


・金澤宏紀・陶器カップ(青・茶 )※茶のみ大きさ二種あり

・価格:4200円、4500円(+tax)

・直径:87~100mm、高さ:80mm


※お問い合わせはfacebook(Vertigo)、Instagram(@vertigo.shin)のメッセージ、

あるいはmuvertigo13@gmail.comまで








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